テーマ4 人文・社会科学的研究と地元市民・行政との対話

樫澤秀木,五十嵐勉,山下宗利,藤井直紀,速水祐一

有明海再生プロジェクトでは、自然科学的研究の他に、ノリ漁業者の経営構造や有明海周辺住民の伝承、諫早湾干拓事業の決定過程の解明、また諸訴訟の法理論的整理、コモンズとしての有明海の展望といった、人文・社会科学的研究も行っている。さらに、本プロジェクトは、公開講座やワークショップを通じて、その成果を地元市民や行政に還元し、対話を進めることも、その重要な目標の一つとしている。ここでは、各研究者の研究を整理するよりむしろ、2010年度に行った公開講座とワークショップについて整理して、報告することにしたい。  
さて、このような地元市民・行政との対話であるが、有明海問題のように、地元市民・行政の関心が高い社会問題については、他の問題以上に、各研究者はこれを積極的に行うべきであろう。その理由は、2つある。第一に、特別な研究費をいただいており、その成果を一般市民に還元し、理解を得る必要性は、他の研究費に比べて高いと思われるからである。第二は、地元市民・行政との対話自体が、貴重なフィールド・ワークの実践となるからである。第一の理由は、消極的な理由の色合いが濃いが、第二の理由は、人文・社会科学的研究にとって積極的な理由である。 つまり、人文・社会科学的研究にとって、地元市民・行政との対話は、単に自らの研究成果を一方的に人々に知らせるという意味合い以上に、そこで市民や行政の反応を直接知ることができるが、それは研究素材として極めて貴重であるということである。そこでは、市民や行政の関心がどこにあるか、自然科学的な専門知にどういう感想を持つか、誤解があるとすれば、それはなぜ生じるのか、地元市民がそもそも有明海をどう捉えているのか、漁民が農民をどう考えているのか、あるいは漁民が他の漁民をどう考えているのかといったことについて、貴重な情報が得られる。さらに、このような情報は、市民・漁民・農民間の合意形成のしくみを検討する際にも、極めて有用な情報となる。こうして、人文・社会科学的研究にとって、公開講座やワークショップは、研究として不可欠な作業であると言って良い。
このような位置づけの下、2010年度には、5回の公開講座と2回のワークショップ(ただし、本報告書執筆時には、2回目のワークショップはまだ開催しておらず、予定の段階である)、中学生を対象とした講座を3回開催した。
公開講座については、有明海の再生をテーマに、文化系と理科系両方の教員の話を聞けたことは新鮮だったようで、受講できて良かったという感想を多くいただいた(この公開講座の内容については、別冊の資料を作成している)。大浦での第1回ワークショップでは、漁民の方から率直な感想や疑問が数多く出され、その関心の高さが伺われた。中学生対象講座では、片野准教授の講座を希望する学生は99名と、全講座で最多であった。いずれにおいても、一般市民・中学生の関心は高く、かかる企画を開催する必要性を再認識させられた。


公開講座・みんなの大学「有明海の再生を考える」

開催月日タイトル講師参加者数
9月28日諫早湾干拓と予防原則樫澤秀木
(経済学部)
37名
この時間は、諫早湾干拓事業の概要と歴史を考察し、その問題性を指摘するとともに、環境法で近年検討が進んでいる「予防原則」の考え方を紹介し、有明海訴訟の一つの隠れた論点として「予防原則」をどう実質化するかという問題が存在することを述べた。
10月5日有明海の海域特性と環境問題速水祐一
(低平地沿岸海域研究センター)
35名
有明海がどのような海なのか,他の日本の内湾との比較を交えながらその特徴を紹介した.さらに,赤潮,貧酸素,底質細粒化,透明度上昇,二枚貝漁獲減少,ノリの生産不安定,魚類の漁獲減少といった,今,有明海で社会問題化している環境問題について概要を説明した.
10月19日数値モデルによる有明海の環境問題への取り組み濱田孝治
(低平地沿岸海域研究センター)
37名
これまでの有明海の環境問題への取り組みにおいて、数値モデルがどのように活用されてきたかを紹介し、その有用性や限界について述べた。また、現在実施が検討されている開門調査について、数値モデルが有用な手段となりうる定量的手法の立場から言及した。
10月26日宝の海は誰のものか?
-「前海」をめぐる農と漁の関係考-
五十嵐勉
(農学部)
36名
国営諫早湾干拓の水門開放問題を、地先(「前海」)の開発・利用・保全をめぐる農と漁の関係から考察を述べた。特に、有明海沿岸域に特有な干潟漁撈を伴う半農半漁の生業構造から、大規模干拓と海苔養殖業への特化に至る「近代化」と「景観のモノカルチャー」に焦点を当て、共有資源(コモンズ)としての「前海」と人間との関係を述べた。
10月27日実地研修(諫早湾干拓地)樫澤秀木
(経済学部)
31名
1時間ほど事前学習をした後、バスで、諫早湾干拓事業関連地を訪問する。多良岳中腹の白木峰公園から全景を展望した後、中央干拓地を見学した。


ワークショップ・大浦公民館

開催月日タイトル担当者参加者数
2月26日地域から有明海の再生を考える in 大浦速水祐一・濱田孝治・樫澤秀木・
山下宗利(文化教育学部)・
藤井直紀(低平地沿岸海域研究センター)
30名
濱田准教授が、諫早湾潮受堤水門開門によって想定しうる状況について、シュミレーション・モデルの結果を説明し,それに対して会場参加者から幾つかコメントをうけた。また,フリーのディスカッションでは,漁業をしていて感じる点,疑問点などのコメントがあり,それに対して濱田准教授,速水准教授を中心に意見を発表した。なお、大浦公民館でのワークショップについては、その詳細を以下の「資料」に掲載する。



中学生対象講座「佐賀大学の先生の授業を受けてみよう」(附属中学校育友会主催)

開催月日タイトル講師参加者数
10月30日赤潮ってなに?片野俊也
(低平地沿岸海域研究センター)
99名
有明海では、赤潮と呼ばれる現象が頻発している。そこで、赤潮の原因となるプランクトンが普段どのように生活しているのか、また赤潮がどのように起きるのかについて紹介した。
11月27日海をどうやって調べるのか -有明海の環境問題との関係から-速水祐一
最近、諫早湾開門問題をめぐって、「開門調査」とか「事前の環境アセスメント」といった言葉を見かけることが多いが、しかし、普通に生活をしていると、「海の調査」とはどんなことをするのか知る機会はあまりない。なぜ海の調査が必要か、どんな調査をするのか、身近な生活との関係などについて、海洋学の基本を交えながら話をした。
11月27日諫早湾干拓事業を考える―2008.6.27佐賀地裁判決を中心に―樫澤秀木25名
諫早湾干拓事業をめぐる一連の「有明海訴訟」において、近年環境法分野で盛んに議論されている「予防原則」とその具体化である立証責任の転換が、隠された論点となっていることを説明した。