夏季有明海における低次生態系変動のシミュレーション

速水祐一・山口創一* (*九州大学総合理工学研究院)

1.はじめに

2000年の大規模ノリ色落ち被害以前の海洋モニタリングデータが限られている有明海では、過去の環境変動を推定するには、数値モデルを用いることが1つの方法である。また、数値モデルは、現状の有明海に対して環境再生策を講じた場合の効果の推定をするにも有用である。そのため、我々のプロジェクトでは有明海の生態系シミュレーションモデルの開発を進めてきた。本稿では、このモデルによる計算結果を実測値と比較し、その再現性を検討した結果を報告する。

2.方法

図1 モデル開発にあたっては、マサチューセッツ大学が開発、公開している沿岸海洋モデルFVCOMを用いた(Chen et al, 2006)。本研究では、FVCOMを有明海に適用できるように改訂した。モデルのコアになるのは物理モデルで、それをベースにして有明海に適した懸濁物輸送モデルを構築し(濱田ら, 2011)、さらにそれをベースに低次生態系モデルを構築した。計算の実施領域を図1に、生態系モデルの概念図を図2に示す。実測値と比較してモデルの再現性を検討するために、2007年を対象に計算を行った。計算実施にあたっては、最初90日間の定常計算を行い、その結果を初期値として2007年4月1日から8月31日まで、2007年の実際の気象条件、河川流量変動、開境界条件の変動を与えてシミュレーションを行った。気象条件については佐賀における地上気象観測結果,をもちいた。ただし、風についてのみ、気象庁のメソスケールモデル(MSM)の出力データを補完して空間分布を持った形で条件を与えた。開境界における水温・塩分は、独立行政法人海洋研究開発機構による日本沿海予測可能性実験計画(JCOPE, Miyazawa et. al, 2008,2009)による計算データを用いた。河川流量は、8つの1級河川の最も河口に近い観測所における河川流量実測値を与えた。

3.結果と考察

 諫早湾および有明海奥部における連続観測の結果と比較したところ、水温・塩分の変動については実測とよく一致した。8月16日から30日までの間に3~4日間隔で実施した5回の有明海縦断調査で観測された水温・塩分構造についても、シミュレーションの結果は良く再現された。底層の溶存酸素濃度分布については、湾奥西部と諫早湾内で特に低酸素となり、夏季の有明海における基本的なパターンは再現された。また、湾奥西部の浅海域において大潮から小潮にかけて貧酸素化が進み、続く大潮にかけてそれが緩和される様子も再現された。表層の植物プランクトン濃度については、出水からしばらくして湾奥部と熊本沿岸でブルーミングが発生し、大潮・小潮周期変動の影響を受けながら徐々に減少する様子が再現された。
図1




有明海におけるシャットネラ赤潮の発達に見られる2パターン

片野俊也

1.はじめに

有明海奥部では、2007年以降4年連続して夏季にシャットネラによる赤潮が発生した。現在までその発生過程は統一的に説明されたことがなく、発生予察は困難である。まずは、そもそもどのような過程で赤潮が形成されていったか、良く調査データを見直すことが必要である。過去の我々の調査結果、佐賀大学観測タワーデータ、九州漁業調整事務所によってまとめられた「九州の赤潮」、筑後川河川事務所より公表されている筑後川河川流量のデータを、見返して、シャットネラの赤潮発達パターンの一般化を試みた。その結果、興味深いことに、シャットネラの赤潮発達パターンは、利用する栄養塩ソースによって、2パターンに分かれることが明らかになった。

2.パターン1、好天後の赤潮形成

2008年と2010年の8月には、どちらもシャットネラの赤潮が、出水から2週間後に発生した。この発生前には、表層の栄養塩は窒素、リンともに低濃度であり、有明海表層には赤潮を促す栄養塩源はなかった。しかし、08年も10年もその赤潮発達と時を同じくして、水深4m以深の栄養塩濃度が低下した。有明海では、シャットネラは、水深4m程度まで移動することが知られており、おそらく底層の栄養塩が赤潮の源となった可能性が高い。
九州の赤潮によれば、2007年の8月にもシャットネラの赤潮が、発生している。このときのタワーのクロロフィル蛍光データを調べると、8月中旬から好天が続いた後、下旬にクロロフィル蛍光値が増大した記録が認められた。このクロロフィル蛍光の変動を詳細にみると、夜間にはクロロフィルのピークは、水深4-5m程度に移動していることが認められ、シャットネラが日周鉛直移動しているものと考えられた。このように、有明海で見られるシャットネラによる赤潮は好天が続いた後に見られることが3例あった。

3.パターン2、出水後の赤潮形成

2010年の7月には、これまでの記録では最も早い7月上旬にシャットネラの赤潮が発生した。これは、上述した好天ではなく、まとまった降雨に伴う出水とほぼ同時であった。このときの栄養塩とシャットネラの動態を精査すると、出水後の高い栄養塩濃度は、急激なシャットネラ赤潮の発達に伴って急激に低下した。パターン1と異なり、出水後に、表層に供給された栄養塩を用いて急速に赤潮を形成したと考えられた。過去のデータでは、2007年の8月上旬と2009年の7月下旬に、出水後のシャットネラブルームが認められている。

4.2パターンとはどういうことか?個体群発達戦略の観点から

一般に、生物の個体群発達戦略には、増殖に適した環境において増殖速度を最大に高めて他種よりも優位に個体群を発達させようとするr戦略と環境収容力付近での過酷・劣悪な環境において強い競争力を発揮して個体群の生残をはかろうとするK戦略が知られている。植物プランクトンの場合、例えば珪藻は、栄養塩供給があったときに高い速度で増殖し、赤潮を形成することもあるためr選択種の典型と考えられている。一方、運動性によって底層の栄養塩を利用したり混合栄養によって他者を捕食して栄養塩不足を補ったりする渦鞭毛藻類の場合、海洋表層での栄養塩欠乏環境下で有利に生残することができ、K選択種の典型と考えられている。この観点からシャットネラの戦略を考えてみる。
パターン1では、表層に栄養塩がなく、過酷な環境である。ここでは日周鉛直移動能によって、珪藻が利用不可能な底層の栄養塩を利用して次第に個体群を発達させたと考えられK戦略的に増殖したと考えられる。一方パターン2では、表層には豊富な栄養塩がありそれを利用してr戦略的に増殖したと考えられる。シャットネラは、表層栄養塩の有無によらず日周鉛直移動を行うことがわかっているため、戦略(戦術)を使い分けていると言うよりもrとKの中間的な戦略を持っていると考えられる。これは、最大増殖速度からも説明できる。すなわち最大増殖速度はr選択種である珪藻が高く、シャットネラがつづき、K選択種の典型である渦鞭毛藻は通常その後に続く。
好天が続くとシャットネラは増殖速度が高いこともあって、優占しやすいと考えられる。一方出水後には、通常は増殖速度の高い珪藻が赤潮を形成するが、ある条件が整うと珪藻ではなくシャットネラが赤潮を形成できるのだろう。いずれにしても、シャットネラの赤潮には2パターンあることが明らかになった。従って、発生予察を確立するためには、この2種類の発達パターンを統一的に説明することが、重要である。



開門による環境への影響の数値シミュレーション

濱田孝治

1.はじめに

図1 2010年12月、諫早湾干拓事業をめぐる訴訟(有明本訴)において、3年間の準備期間の後5年間の潮受堤防排水門開門を命じる判決が確定した。しかし、環境改善が期待される一方で新たな環境破壊の原因となることを懸念する声もあり、開門への道筋はいまだ不透明である。 開門が実施されるのであれば、それは出来る限り効果を最大限とし、また、悪影響を最小とするようなものでなければならない。そこで佐賀大学低平地沿岸海域研究センター 有明海研究プロジェクトでは、数値シミュレーションによる開門の環境への影響予測を主要な研究テーマのひとつとしてきた。本発表ではその結果の一部を紹介する。

2.手法

図1 シミュレーションにはFVCOM(Chen et al.,2006)をベースとした有明海モデルを使用した。FVCOMは水平方向に非構造格子、鉛直方向にシグマ座標を用いた有限堆積法モデルであり、複雑な地形の海域を容易に取り扱うことが出来る。計算領域を図1に示す。また、検討した開門ケースを表1に示す。

3.結果と考察

図1 開門によって起こる影響にはさまざまなものが考えられるが、ここでは特に流れや海洋構造、懸濁物質輸送に関係するものとして、(1)貧酸素水塊の軽減(2)洗堀による漁場の流失・埋没 の二つに注目する。図2に調整池内の表層・底層密度差を示す。大きく開門するほど成層強度は弱くなり、鉛直混合が促進され、貧酸素水塊のリスクは軽減することがわかる。一方、図3にケース2~4における洗堀の状況を示す。大規模な開門になるほど洗堀が進行し漁場の流失・埋没のリスクが増大することがわかる。両者はトレードオフの関係にあり、望ましい開門方法を事前に議論しておくことが重要であることを示している。
図1